青春スター、再び

 子供の頃から小松左京先生の小説の大ファンでした。

その代表作といえば「日本沈没」。大ベストセラーとなり映画化もされ、当時は国家的危機管理という観点から田中角栄や福田赳夫も読んだといいます。

 映画化に続きテレビ・シリーズも制作され好評を博しましたが、ここで主人公・小野寺俊夫を演じていたのが、他ならぬ村野武範さんだったのです。

 村野さんは、新劇の老舗・文学座の出身。同劇団の新人が抜擢されてテレビ・シリーズを主演、スターに登りつめた例といえば後の松田優作さん、中村雅俊さん、勝野洋さんらが名を連ねます。村野さんは彼等の先輩、この出世コースの嚆矢と言える存在でもありますから、代表作として「飛び出せ! 青春」の河野先生役を思い浮かべる方も多いでしょう。しかし僕にとっては、村野さんといえば小野寺なのです。

 国難の渦中にあって、当事者として運命に翻弄されつつ、ひとりの若者として悩み苦しむ姿は、映画版の藤岡弘さんよりも共感をもって拝見したものです。テレビ・シリーズとなればエピソード回数・時間も長く、その分人物像も深く掘り下げられることになりますから、当然といえば当然なのですが。相手役は由美かおるさん、主題歌歌唱は五木ひろしさんでした。

 離島の学校で臨時教員を務めるハメになり、オルガンを引きながら♪うさぎ追いし~と唄うも、子供たちに相手にされない、というペーソス溢れる一幕もありましたし、泥酔して帰宅した所を、小林桂樹さん扮する田所博士に一喝される場面など、昨日のことのようによく覚えています(小説を精読していたせいもありますが)。

 さて時は流れ、今やテレビや映画の世界では大御所の一人となった村野さんですが、実は大病を患っておられたのでした。奇跡的な生還をとげた時、残りの時間は感謝の心で生きよう、それがこの度の『ハマナス』演歌歌手デビューの心境だったそうです。

 あの頃は、テレビや映画で人気が出たタレントは必ずと言っていいほど、レコードを吹き込んだそうで、村野さんも例外ではなかったのですが、ちゃんとキャンペーンをやったり、歌番組に出たりと言った意味では、やはり今回がデビュー、あるいは「歌手活動本格化」と言うべきでしょう。

 昨日5日、東京・赤坂で行われた新曲披露パーティーでは、日頃見慣れている演歌歌手とは全く違う、ほとんど普段着のようなスーツで登場、決して技巧的とは申せませんが、味わい深い歌声を堪能させてくださいました。

「日本沈没」は出版当時、作者自ら「これは未完だ、第一部とさせてくれ」と書いておられました。

 その小松先生も逝ってしまいましたが、ファンが待ち焦がれた完結編が10年前、満を持して世に出ました。

 主人公・小野寺は在野にあり、活動家のリーダーとして戦い続けていました。同作品は映画としては同じ頃リメイクされましたが、この完結編(第二部)を映像化するなら、70歳になった小野寺を、是非村野さんに演じていただきたい、と願わずにはいられませんでした。

 そんな僕の思い入れとは違い、昨日の村野さんの穏やかで温かみに満ちた存在感は、新任だった河野先生が、今は学園の理事長か、教育委員会の特別顧問になって後進の指導に当たっている…そんな姿に見えました。先生、お久しゅうございます…感慨深い日でした。小松先生も喜んでおられるのではないでしょうか。

 終演後のインタビューで「日本以外全部沈没」は傑作でしたねぇ…と申しましたら、「原典の方だって僕が演ったんだよ」と嬉しそうにおっしゃっていました。ファンとしても記者としてもこれ以上はありえない、素敵なコメントでした。

(高村)

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